なんか疲れとかでまとまりのない文章になりました。読み流しといてください。


結局昨日の夜も徹夜して家にきた年賀状の返信と大掃除の続きと仕事の一部,そして米国公認会計士試験の手続き確認を進行。
夕方くらいまでは全然問題なかったのですが,夜になると突然,来ます。もうトシ,なのかなぁ。とはいえ,こういう風に「徹夜すればあと○●時間あるじゃん」と考えると安直にその方向に流れるようになっているのは安全な状態とはいえないのでしょう。分かってはいても,時間に追われる生活をしているとそのほうが気分的に楽なんですよね。

勤めていた銀行の同期の半分以上がすでに退職し,現在某会計系コンサルティングファームにいる同期も今度の5月にUSCPA受験予定。刺激をくれるのは本当に感謝。頑張っている人を見れば,自分の弱さを確認できますから。

しっかし。
私の大学(国立文型単科大学)から私の就職の翌年に総合職で某三井系大手都銀(笑)に入社した3名,全員転職しているそうです。中学時代の友人も別の財閥系大手都銀を昨年退職とのことですし,多いなぁ。
邦銀はいまや若手に魅力を打ち出せなくなっている現状,と言えると思います。退職したあとは資格試験,コンサルティングファーム,外銀とそれぞれですが,少なくとも後ろ向き,といった印象の退職は私の周りではありません。

5-10年後,私たちの世代が収益を生み出すべき時期に,その世代が欠落している組織はどうなるのでしょう。
もし大手行の頭取が,また大手証券会社,保険会社の経営陣が口を揃えて言っている「変革」が本当になされれば,現在とは逆に欧米系⇒本邦系,といった人材の流動化(現在すでに多くなりつつあります)が本格化し,勝ち残る金融機関も出てくるのでしょう。一部を除き既に手遅れの状態では,と個人的には感じていますが。
いずれにせよ,そのために必要とされる人材になることがこの金融の世界で望む仕事を続けていくための必要条件,と考えています。(金融だけではないのでしょうが)

そうした人材になれるという確信をもてるか?
私は前の職場では,その確信は持てませんでした。今の職場なら,「勝ち残れば」そうした人材になる,と確信できました。だからこそ転職の道を選んだわけです。
逆に現在の業務にやりがいと意義を感じている同期・友人は「今のところでまだ学ぶことがあるから」と残ることを選んでいます。

配属先未定のままの内定とローテーション人事。これを少なくとも私は軽視したまま就職してしまいました。この点では完全に私に非がある,と認めざるを得ません。配属には根拠のない期待を抱いていました。それが組織にも私にも不幸な結果を呼んでしまったわけです。

なんか全然まとまっていませんが,最初に書いたように疲れたところで友人の退職について考えをめぐらせてしまったのが原因です。

前の銀行には感謝は本当にしています。様々な面で鍛えられたと感じていますし,上司にも恵まれた,と認識していますから。しかし,キャリアプランとの矛盾だけは受け入れつづけられなかったのです。

いずれ,退職の決断の際の,上記のような表層的なものに留まらない本当の意味での葛藤とその結果について,書いていきたいと思います。自分の考えの整理のためにも。

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