一週間前のこと

2011年3月18日 日常
※被災者の方々の苦しみはなかなか推し量りきれないものですので,
  安易な追悼の言葉はここでは敢えて(今後も)書かないつもりです。
  予めご理解をお願い致します。


築40年ほどの本社8階のオフィスで仕事中に大きな揺れを感じ,
生まれて初めて「この地震で命を落とすかも」と頭をよぎったのは一週間前。
幸いにもすぐに妻とはメールで連絡が取れ,
妻と子供の無事を確認。

「このままビル内にとどまり、指示を待ってください」
という総務部のアナウンスを聞いて,
9.11の富士銀行行員の運命を思い出したのは私一人では無かった筈。

エレベーターが止まったので階段を使ってみると,
壁には大きな亀裂。
あらためて,誰がどうやって「ビル内のほうが安全」と判断したのやら。

21時近くになってようやく,
「電車が動き始めました。『自己判断で』帰宅を始めて下さい。会社に泊まっても構いません」
というふざけたアナウンス。
ここまで来て自己判断,というなら早くこのビルから逃げ出させて欲しかった。

ボロボロのビルにいるのも表を歩くのもリスクがあるなら,
オフィスで死にたくはないな,という点で意気投合し,
仲の良い同僚と飲みに行き,その後その同僚の家(距離は15km弱)へ歩いて行くことに。


当日を含めこの一週間で感じたことは,
色々なところで話題となっているように,
本当にこの一件が日本にとっての大きな転換点になるのではないか,
ということでした。

これまでの数十年間ずっと平和ボケ&低成長時代にありつつも,
なんだかんだ言ってもぬるま湯で不平不満ばかりを言っていた日本人でしたが,
本当の意味で国として危機的な状況に追い込まれることになり,
ぬるま湯で不平不満を言っても誰も助けてくれない(助けられない)状況になったことで,
(私自身を含めて)ようやく目が覚めたのかもしれませんし,
もしくはスルーすべき不平不満と,
汲みあげるべき弱者(他に適切な言葉がありそうですが,すみません)の声,
それを意識するようになってきたのかも。

だからと言って「地震があって良かった」などとは全く思っていません。念の為。
我が家も色々と被害を受けてますし。

個人としては,
Twitterやfacebookをこれまで以上に活用するようになりました。
情報の見え方も完全に変わりましたし,
発信する視点も明らかに今までとは異なり,
受け手のニーズを考えた情報発信が(実感として)出来るように。

孫社長や堀江氏の迅速かつ影響力を活用した災害への行動に感動させられ,
そしてそうした感動を覚える自分に気付いて驚いたり,
津田氏や東氏といった著名人の情報処理能力と個人の視点の持ち方に刺激を受けたり。
本当に,
色々と考えさせられた一週間でした。

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